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立海大付属中学校男子テニス部副部長・真田弦一郎が竜崎桜乃に向かって発した言葉に

「竜崎。そのスカートは少し短すぎる。気が散って練習にならん!」
「はっ…はい!次からはジャージにします!!」

全員が全国区レベルと謳われる、同校レギュラー陣は一斉に動きを止めた。



「ちょお待ち、真田。」

ご丁寧に挙手付きで、最初に異議を申し立てたのは仁王雅治。

「…何だ、仁王。」
「竜崎の背丈なら、おんしの上着でも羽織らせれば膝っくらいまで隠れるけん、それで用は足りるじゃろ。わざわざ着替えさせんでも良か。」
「貴様、レギュラージャージをなんと心得とる…ッ!?」
「あーさよか、さよか。」

仁王の提案(?)は真田に即座に一蹴され、おざなりの返答とは裏腹に仁王も恭順を示すかのように諸手を上げてみせるが。

「聞いてのとおりじゃ、竜崎。真田は貸してくれんそうじゃから、とりあえず俺のジャージ着ていんしゃい。」
「あ、あの…っ?」

言うが早いか、コート脇のフェンスに無造作に引っ掛けてあった自分のジャージの上着を手に、戸惑う桜乃の背後に回ろうとするも。

「おいコラ雅治!何っで竜崎がよりによって詐欺師の上着なんぞ羽織らなきゃならないんだ!?」
「そうッスよ!だいたい先輩たちの上着じゃ丈も幅もぶかぶか過ぎッス!」

その行為は、丸井ブン太と切原赤也の怒声によって遮られた。

「せからしか!二人いっぺんに言うな!異議があるなら挙手せんかい!」
「「異議あり!」」
「却下。」
「っって、ゴラァアっ!!馬鹿にしてんのか!!」
「だいたい何で事の可否を仁王先輩が決めてんスか!?」
「ほ。可否なんて言葉よう知っちょったな、赤也。どこで覚えてきたと?」
「おおかた比呂士か柳の入れ知恵だろ?どーせ漢字で書けないんだろぃ?」
「〜〜っ!試験前に毎っ回っ、柳先輩らに泣きついてるお二人には言われたくないッス!!」
「全教科泣きついちょるような言い方すな阿呆!俺が世話んなっちょるんは一部だけじゃい!ブン太なんぞ試験前と言わず昼休みごとに泣きついちょるわ!」
「てっめぇえ、ここでそゆ事バラすかぁ!?つか一部だって結局比呂士たちの世話んなってんじゃねェか、威張ンじゃねェ!」
「に、仁王さん、丸井さん、切原さ…ん…!」

桜乃には、何を以ってして彼らがここまで白熱しているのかは申し訳なくもわからないが、それでも一因が自分にあるのは明らかだ。
なんとかしなければと思うが、言い争いとは縁遠い家庭で育った桜乃は、同級生の男子同士の遠慮の無い言い合いですら怯んでしまい、
朋香に「あれはケンカしてるんじゃないから大丈夫」と苦笑される事さえある。
まして今目の前で展開されているのは間違いなく諍いで、当事者は全員上級生。

…それでもやはり止めなければいけないと、竦む足を踏み出そうとするも、肩に回された手にやんわりと引き留められた。

「赤也たちはいつもあんな調子だから。気にしなくて良いんだよ。」
「でも…」

部長の幸村精市は笑顔でそう言ってくれるけれど、きっと気のせいじゃなく、真田の眉間の皺は割り増している。
副部長の真田が不機嫌を顕にしているという事は、そういう事ではないのだろうか…?


ふと、真田越しに、3人のレギュラー部員と目が合った。

「No,problem!」

ジャッカル桑原がサムズアップを寄越し、

「竜崎さんが気に病む事など、何もありません。」

柳生比呂士がしっかりと首肯してくれる。

「ああ。」

柳蓮二の応えは簡潔だが、その口元にはまだ面識が浅い桜乃にもそれとわかるように、微笑が浮かんでいて。


ようやく桜乃も、ほわりと笑顔を浮かべることができたのだ。


「あれれ。竜崎さんは俺の言葉より柳たちの言葉を優先するんだ。」
「そ、そんなこと言ってません…!」

傷付いたー立ち直れないかも…などと、おどけてよろめく振りなどする幸村に、
違います、どうしてそうなっちゃうんですか、と必死に言い募る桜乃の身振り手振りに合わせて長い三つ編みがしゃらしゃらと揺れる。
視線は二人のやりとりに向けたまま、あいつら懲りねぇなぁ、とジャッカルは誰ともなしに呟いた。

「竜崎さんに誰が上着貸すかで揉めてる間に、あんなイイ笑顔逃して幸村に全部持ってかれて。勿体無い。」
「そう思うのなら、今のうちにお前の上着を供してきてはどうだ?」

上着なんて誰の貸したって同じだろうにと独りごちると、柳から思いもよらない答えが返ってきた。
それは非常に魅力的な勧めだ。
魅力的な勧め、なのだが。
それに気付いているなら、どうして目の前の二人は行動に移さないのだろう。

情報収集・処理能力において、既に職人の域に達している『達人』。
勝負においては、チームメイトと入れ替わり敵はおろか味方さえ翻弄するも厭わぬ程の闘志を秘めた『紳士』。

常人離れをした守備範囲を誇る『四つの肺を持つ男』なぞ、この立海大付属中男子テニス部レギュラー陣にあってはまだ序の口だ。
ジャッカルは疲れたように肩を落とした。

「やめとく。そんな事をした日にゃ、抜け駆けだっつって3人から集中攻撃くらって、火に油を注いで騒ぎを大きくしたってんで真田から

鉄拳制裁くらうのが目に見えてる。」
「賢明な判断ですよ、ジャッカル君。」
「悲しいかな、俺たちの誰が出向いたところで、集中砲火と制裁をくらう4人目が誰になるかというだけの違いだ。」
「いくらあの人たちでも、参謀相手にまでそんな態度がとれるとは思えませんけれど。」
「どうだろうな、相当頭に血が上ってきているようだし。」

そろそろ収拾に乗り出さないと、取り返しのつかないことになりそうだ。
そしてこれを穏便に収めようとするならば。

まずはジャッカルが切り出した。

「真田…ブン太たちキリがねェぜ?収拾つかなくなる前に幸村なりお前なりのジャージ、竜崎さんに貸した方が良くないか?」
「! ジャッカルまで何を言い出すか…!」
「心得云々もわかりますが、このままですと…どんなに私たちには日常だと説いても、彼女は拳を振るわれた者にも振るった者にも心を痛めますよ?」
「む…、」
「お前たち二人のどちらかの物であれば、あいつらも引き下がるだろう。用途を考えれば、俺は体格差のある弦一郎の上着が最適だと判ずるが。」
「…。」

すかさず柳生と柳がジャッカルの発言を援護し、真田の反論を封ずる。
数名がかりで言いくるめられた感は拭えまいが、真田にしてみても、仁王たち3人の騒ぎがそもそも自分の発言に端を発しているという自覚はあるのだ。
だからこそ、3人の度が過ぎた時には自分の拳で決着をつけるつもりでいたのだろうが。

それでは悲しむ人が居る。

悲しませずに解決する方法があるじゃないかと柳たちは言う。

真田は詰めていた息を吐き出すと、組んでいた腕を解いてベンチの背凭れに掛けてあった己の上着を手に取り、それをそのまま幸村の傍らに居る桜乃に差し出した。

「今日のところはこれを羽織っていろ。」
「え…」

桜乃は大きな瞳に驚きを隠そうともせず、真田と、真田の差し出したレギュラージャージを交互に見、なかなか受け取ろうとしない。

(嫌、なのだろうか…)

やはりこういう事は幸村に委ねるべきであったか、慣れない事はするものではない。
それとも桜乃には他に…上着を借りたい特定の誰かが居たのだろうか。
幸か不幸か表情に出る事はなかったが、真田の内心は動揺と自嘲でない交ぜだ。

一方の桜乃の内心はと言えば。
嫌、なのではない。
言うなれば恐れ多い、だろうか。
仁王が自分に着せようと広げた、真田が自分に無造作に差し出した、
立海大付属中男子テニス部レギュラージャージ。
このジャージに憧れて、毎年いったい何人の男子中学生が入部するのだろう。
身に着ける事をどれだけ夢見て、日々を費やすのだろう。
…けれどその多くは、レギュラージャージに触れる事もないまま3年間を終えるのだ。
これを着る者は。
常勝立海の名と伝統と共に。
彼らの想いを背負って立たなければならないのだ。

そのジャージを差し出されるまま自分が着てしまったら。
籠められた想いをないがしろにするようで。

「…真田さん、私が…」

着て良いものじゃありません、と紡ごうとした言葉が音になる前に、

ジャージはひらりと桜乃の視界から消えた。

「え…、え?」

次の瞬間、

ふわり、と。

肩から、背中から、膝上まで。

厚めの生地に、すっぽりとくるまれる、安堵さえ伴う心地よさ。


「うん、これで俺たちとお揃い。」
「ゆ…っ幸村さん!」

間近の背後から響いた朗らかな声音に、
桜乃は幸村が、真田のジャージを自分に羽織らせてくれた事を知る。

「嫌だった?お揃い。」
「嫌じゃないですけど…ッ」
「それなら良かった。あ、ちゃんと袖に腕通そうね、肩が合わないから羽織ってるだけだと落ちてきちゃうよ。」

幸村の口調はごくごく穏やかなのに、何故だろう桜乃は有無を言わせてもらえない。

「パステルカラーがお好みのようじゃからの。立海カラーはどうかと思うちょったが、良う似合うぜよ。」
「だーかーらー副部長のじゃでっかすぎますって!丈がワンピースっつかコートみたいになってるじゃないスか!」

言い争いはいつの間にか止んでいた。

「それじゃ不便だし危ないだろぃ。」
「「「「あ。」」」」

結局幸村に袖まで通してもらってしまった桜乃だったが、赤也の言うとおり真田とは体格差がありすぎて、着丈はともかく袖口から全く指先が出ない。
それに気付かぬ彼らではないが、幸村,真田,仁王,赤也が手を出す間もあらばこそ。
赤面した桜乃が「自分でできます」と口を挟む間もあらばこそ。
下に弟二人が居るだけあって、いち早くブン太が、存外器用に桜乃の着るジャージの袖を捲り上げていた。

またも一悶着おこりそうな雲行きに、ジャッカルが今日何度目かともしれない溜め息を吐く。

「だいたいミニスカートっつってもスポーツウェアなんだからさ…」

機能性を伴った丈なわけで。
実際桜乃がテニスに勤しんでいる間は彼らもさして気にはならないのだが。
先ほどのように所在無げに佇まれていると、彼女の白くて細い頼りなげな足がどうもいけない。

「体を冷やしてしまうのではないかと気にかけている事を、真田君も言い添えて差し上げれば竜崎さんの反応も違うでしょうに。」
「おかげでこちらは興味深いデータを入手できるがな。」
「怖い人ですねぇ。」

苦笑する柳生が座るベンチの背凭れに、ぱさりと乾いた音を立てて、仁王のジャージが放られた。

「柳生よ。お前さんが『この件』に関してそんなに真田贔屓だったとはとんと知らなんだわ。」
「心外な。私はどなたも贔屓などしていませんよ。」

こういう時は相棒の顔を立てろと暗に責める仁王に、矯正レンズに隠された瞳がくつりと笑う。

「私は、竜崎桜乃さんにとっての最善を選択しただけです。」


竜崎桜乃に最善を。


それは奇しくも、彼ら8人の共通の願い。

されど彼らは、全員が好敵手。


〜了〜

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茅乃さきち様より、頂きました!
立海桜で、しかも総受だなんて感動です…!
どのキャラも好きすぎて倒れそうです……!
ションボリサイトに潤いがー!
それにしても、さきち様…、文章が上手すぎです!
テニプリで二次するのは初めてだそうですが、これからも書いて頂きたいものです…!
本当に有難うございました!!

2007.9.30

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